想い出を、ご馳走様

 

 

7月末日、

銀座の名店「ニューキャッスル」が

人知れずに暖簾を畳んだ。

かれこれ25年以上も通い続けた店だっただけに、

何とも寂しい。

辛来飯と名付けられたカレーライスは

独特な風味と後味を持つ美味だった。

その味わいに魅了されたファンは数多い。

熱烈なファンの中には著名人も多く、

お世辞にも綺麗とは言えない店内の壁面には、

彼らの写真やサインも所狭しと張り出されていた。

ボクにとっては銀座で唯一、油を売れる店であり、

打ち合わせの合間に時間を見つけては、

ふらりと立ち寄る。

大して空腹でもないのに、

ふらりと立ち寄る。

銀座に足を運んでは、

必ずやふらりと立ち寄る。

そんな居心地の良い店だった。

東京芸大に通う学生の頃から、

創業者でもある先代マスターの笑顔に

魅了されつつ舌鼓を打っていた。

その後は、

跡を継がれた二代目マスターの御夫婦と

ほのぼのとした会話を弾ませながら、

ボクの定番メニュー「ツン蒲」を

ひたすらに食べ続けてきた。

昨年には、亡き父が銀座のとあるクリニックで

肺癌治療の為の点滴治療を受ける日には

必ず立ち寄り、

2時間程の投与時間中、

御夫婦相手に油を売りながら、

心の中で

「何とか父の病状が好転しないものだろうか」

と奇跡を祈ったりもした。

そして最後の営業日にも、

この定番メニューを堪能しつつ閉店を惜しんだ。

この店の隠れメニューでもある「ツン蒲」には、

通常目玉焼きが

片目分(卵1個)トッピングされてくるのだが、

長年通い続けている内に、

先代の時も二代目の時も、

いつの間にやら両目分(卵2個)がサービスされていた。

常連には我が家のような心地良さを持って

迎え入れてくれる。

そんな人情豊かな店が、

最近の銀座からは

少しずつ少しずつ消えているようだ。

「ニューキャッスル」の味わいと温もりは、

銀座という街の片隅から

失われてはならなかったモノだったと、

懐かしむ声はいつまでもいつまでも、

知る人ぞ知る人の狭間で語り継がれることだろう。

長い間、本当にお疲れ様でした。

沢山の想い出を、ご馳走様でした。